すごいぞ、アスリート

日本一は通算19回!レスリング界を牽引した梅林さんの立ち上がる原動力とは

梅林太朗(レスリング)

スポーツ経験は、スポーツだけに還元されるものではなく、社会で生き抜くチカラに変換されていきます。
過去にスポーツをしていた、または現在もあるスポーツで活躍している人は、どのようにキャリアを選択して今、輝いているのか。
アスリート自身の経験談から「次の一歩」のヒントを得ていきます。

今回は、レスリングで日本一通算19回の経歴を持つ梅林さんにインタビュー!
レスリング強豪国のアメリカ、ロシアに武者修行へ行き、オリンピックの強化指定選手としても活躍。現在は指導者として活動する傍ら、全国へ移動型のレスリング教室のも展開も視野にいれ活動されています。当時の想いや現在の指導者としての考えなどたっぷりお伺いしました!

▼今回インタビューさせていただいた方はこの方!
梅林太朗    
・帝京高校/JOCエリートアカデミー
・早稲田大学スポーツ科学部卒業
・元オリンピック強化選手
・インターハイ、国体、全日本社会人選手権など通算で日本一を19回獲得


 

人生をささげたレスリングに出会う

―レスリングを始めたきっかけを教えてください。
実は3歳の頃からレスリングに出会っているんです。3つ上に姉がいて、その姉がやっていたことがきっかけですね。幼少期から落ち着きがなく、活発な子どもでした(笑)。
今思えば、レスリングが性に合っていたのだと思います。
 
―他のスポーツもご経験されましたか?
やりました。野球、水泳、陸上、サッカー、ラグビーなどいろんなことをやらせてもらいましたね。
その中でもレスリングは個人競技で、自分が練習した分だけ結果に反映されると感じていました。
 
―やるなら成果を出したい!というタイプは昔からだったのですね!
そうですね、突き詰めるタイプだったと思います。教えてもらって要領が分かるまで続けてみたり、感覚的に相手の言っていることわかるようになる力を培いましたね。
 
―“感覚的にわかるようになる”とはどのようなタイミングで培ったのでしょうか?
レスリングは1人の先生が10人から20人程度を指導することが多いです。そのため、先生が求めていることを汲み取って行動しないと、成長が遅くなると感じていました。そういった環境から、「先生の言っていることはこんなことかな?」と一歩先を考えるチカラが身についたように思います。
 

レスリングを学んだからこそ在る今の自分

―特に“今の自分を創った時間”はいつでしょうか?
レスリングの経験で今の自分に大きく影響したと思うのは、中学高校の6年間ですね。
JOCエリートアカデミーに所属していて、日本代表の方々が合宿をする場所に住んでいました。
((参考)https://www.joc.or.jp/training/ntc/program/eliteacademy.html
 
―JOCエリートアカデミーはどんな環境だったのでしょうか?
日本代表という、トップで日本を背負う方々を間近で見られる環境でした。そのトップの方々を思春期と呼ばれる時期に見て、オーラをひしひしと感じることができたのは、とても影響があったと思います。
 
―トップを背負う人のオーラというのは、どういうものでしたか?
常に平然でありながら、勝つのが当たり前という気迫を感じました。どんな環境下であっても感情的にならず、自分が落ち着いて試合ができるように振舞われているようにも感じました。自信なのか、経験による落ち着きなのかは定かではありませんが、皆さん落ち着いていらっしゃいましたね。
 
―梅林さんもその環境を経て、変わったことがありましたか?
そうですね、緊張しなくなりました。不安のある自信を確信に変えられたのかなと思います。
勝つことが当たり前で、負けると会場がざわつく中では、緊張してパフォーマンスを発揮できないことが問題だと理解するようになりました。テンションのぶれもなくなり、落ち着いて対応できるようになりましたね。レスリングは冷静に戦わなきゃいけないスポーツの1つですので、直接的に影響した部分に感じます。
 

海外でも学んだ、"駆け引きが面白い"レスリング

―梅林さんを魅了した“レスリングの魅力”はどこでしょうか?
「うまい駆け引き」だと思います。お互いがお互いを見て向かい合い、その瞬間から戦いは始まっています。恐らく、戦う二人にしかわからない部分にはなりますが、表情や些細な動きさえ見逃さない、競技の駆け引きが始まります。そこが競技者としては大きな魅力に感じますね!
 
―その魅力を知ってから観戦するレスリングは、また一味違いそうですね。梅林さんは海外にもチャレンジされましたよね?
もともと(海外には)行きたいなという気持ちがあったので、多くの方の協力を得て、海外へ行きました。
社会人1年目の4月にアメリカ、翌年の2月~3月にロシアに行きました。
 
―なぜ海外にチャレンジしようと思ったのでしょうか?
レスリングに対する考え方が日本とはまた違うので、知らない文化を学びたかったんです。また、アメリカとロシアはいわゆる強豪国。どんなに競技レベルが上がっても、基礎基本が大事だと思い知らされました 。難しい技や技術ではなく、基礎基本をいかに正確にできるか、そのレベルをどこまで上げるかということを重視していたので、あえて厳しい環境で基礎基本を学ぶことを目的に行きました。
 
―実際、海外に行ってみていかがでしたか?
自分の自信につながりました!海外に行く前よりもレスリングが楽しくなりました!格上の相手だとしても、自信のある技があることで開き直って挑戦できますしね。


 

挫折も経験して

―海外でも経験をされながら挫折したこともあったとか
そうですね。23年間レスリングをやってきて「やめよう」と思ったことは3回です。
1回目は小学生に上がったタイミング。幼稚園で全国チャンピオンになっていたんです。やり切っていた感じもありますし、周りがやっていたサッカーや野球をやりたくて「やめちゃいたいな」なんて思っていましたね。
2回目は大学に入学した時。とある試合で高校生相手に負けてしまったんです。初めてフリースタイルで年下の選手に敗北しました。その結果、大学に入学をしてすぐという事もあり、やめたいという気持ちが芽生えました。ただ、このときも周りの方々のおかげで、やめずにいることができました
最後は東京オリンピック予選の最中に大けがをしてしまった時。さすがに燃え尽きてしまいました。もうやめようと思ったところで、中学高校の同級生である乙黒拓斗さんが東京オリンピックで優勝したんです。すごいなという気持ちと悔しいな、自分もパリオリンピック目指したいな、という気持ちが芽生えて、結果引退せずにレスリングを続けることができました。
 
―何度も立ち上がられたんですね。そこから指導者の道へ?
パリオリンピックを目指す中で、シアトルに行く機会があり、技術指導を頼まれました 。英語もわからないし、言っていることもすべては理解できませんでしたが、スポーツに言葉は不要で、人種も関係ない!と強く思うことができた時間だったんです。スポーツは言語の壁を超えることができますし、レスリングで世界を知ることができます。それを直に体験した時、この思いや考えを、レスリングを頑張る人にも、これから始める人にも伝えていきたいと思って、指導者の道を目指すことにしました。
 

自身の経験から指導者の道へ

―現在は母校の早稲田大学のコーチもされているんですよね。どんな指導を心掛けていますか?
今やるべきことを今しっかりやってほしいと言葉で伝えています。僕のように、怪我やコロナなど、環境要因でスポーツができなくなることが急にやってくるかもしれない。その時に後悔がないように、今できる100点ではなく、普段から自分の100%を出し切る練習を大事にしていってほしいですね。
 
―梅林さんだからこそ伝えられる経験ですね。指導にあたって常に伝えていることがあるのですか?
レスリングは人によってプレースタイルが全く異なります。そのため自分の考えを押し付けることなく、聞かれたことに対して120%で答えるよう心掛けてます。
ただ、『人としての礼儀』は毎回伝えています。例えば挨拶や整理整頓に関しては社会人になるための準備としても必要なことですよね。
 
―確かに、人生においても必要なことですよね。学生はモチベーションがそれぞれだと思います。そこのバランスはどう保たれていますか?
そうですね、大学にはいろんな学生が集まります。年齢でいえば成人をしていて、自分自身で育つこともできるので、指導者自体は必要ない存在かもしれません。でも全体の士気を上げたり、目指す先の明瞭化は、必要だと考えています。卒業したら引退しようと考えている人、プロで頑張っていきたい人、それぞれですが、今やるべきことは同じなので、そこの目線を合わせていくために、日々声掛けや指導したりしています。
 
―ちなみに、大学での指導だけではなく、レスリング以外のスポーツにも指導されているんですよね?
はい、レスリングをいろんな方に教えていきたいなと思って始めました。いまはサッカーチームとラグビーチームに練習方法やタックルなどを教えています。レスリングも始めてくれる人が増えていくと嬉しいですね!


                    

梅林さんが考える「レスリング界の課題」

―レスリング人口の増加を目指して移動型レスリング教室を展開予定なのですか?
そうですね、レスリングを始める人が多くなることももちろん、続けやすい環境を作っていきたいとも思っています。それがレスリング界での1つの課題かと思います。
 
―具体的に課題はどのような点ですか?
僕が思う課題や今後必要なこととしては、大きく2つあります。
1つ目は、レスリング人口の減少。少子高齢化が進むことでレスリング人口も減っていきます。だからこそ、小さいころからレスリングに触れられる環境を作っていきたいですね。
2つ目は、レスリングを続けられる環境が少ないことです。現状は大学でやめてしまう人が多いので、デュアルキャリアでも活躍できる選択肢を増やしていきたいですね。
 
―なるほど。梅林さんはその課題解決のために活動されているのですね。
課題解決の1つの歯車になれたらいいなと思っています。
レスリング人口の減少について、僕ができることは「レスリングの普及」だと思っています。僕をここまで育ててくれたのはレスリングです。だからこそ、レスリングを多くの方に見てほしいですし、触れてほしいと思います。今はまだ、サッカーや野球のようにすぐ触れられるようなスポーツではないと思いますが、子供が触れる機会やきっかけを増やしてレスリングを知ってもらい、レスリング業界を盛り上げていきたいと思っています。
 
また2つ目の続けられる環境については、僕も苦労しましたがアスリート社員として活動していました。企業とアスリート側がより一層の協力体制ができるような環境を作っていきたいですね。アスリート側も受け身でいてはいけないですし、自分自身も企業のために何ができるか考え、企業もアスリートに「こうしてほしい」といった依頼をしていただきお互いが常にwin-winでいれる関係であるべきだと思うんです。
そのためには、僕自身が何をしてきたか、どのように計画を立てて行動しているかなど伝えていきたいと思っています。
 
―アスリート社員としての活動はどのような部分に苦労しましたか?
まずは入社するまでに苦労しました。僕は海外でも挑戦したかったのですが、そのためには当たり前ですがお金が必要です。応援してくれる会社を探す際、自分はこんなことができる、貴社にはこれが提供できます、という自己PR書のようなものを、実は400社以上送りました。そうすると企業も自分を雇ったら何ができるか、何がメリットかなど考えてくださる。それを自分で発信して、かつ自分もしっかり調べていくことで、入社した後も活躍できる環境を作っておくことができたと思います。
 
―400社以上!自分だけではなく企業と一緒に何かを作り上げることで、新しいことにチャレンジもできそうですね。
そうなんです。今後は新しいことの1つとして、レスリングのエキシビジョンマッチもやりたいと思っています。日本ではメジャーではありませんが、レスリングが盛んな海外地域ではそのようなイベントがあります。
 
―エキシビジョンマッチ!レスリングを知らない人でも楽しく見られそうですね。
レスリングにエンターテインメント性を持たせることで、多くの人の興味を引き、選手にも報酬が支払われることで、レスリング業界がより楽しくなるのではと思っています。その結果、多くの人が応援してくれたり、選手が挑戦してくれたりすることで、選手の増加や競技力向上につながっていくと思っています。



人生の軸であるスポーツの価値とこれから

―梅林さんはどのような部分がスポーツの価値だと思われますか?
言語や年齢の差だけではなく、体の不自由や体格の差があってもレスリングやスポーツは楽しめます。実際に耳が不自由な方を教える機会がありましたが、ものすごくレベルが高いんですね。僕が学ばせていただくこともたくさんありました。どんな年齢、境遇、環境でも同じように目標に向かい、達成を目指せることが価値の1つだと思っています。
 
―これからはどんなチカラを付けて前に進まれますか?
僕自身、多くの方に背中を押していただき沢山助けていただきました。今度は自分の番です。
誰かに影響と人生のヒントを与え続けられる存在になるための、力をつけていきたいと思います。
 
―この記事を読んでいる方に一言お願いします!
いろんな選択肢が許容される時代で、悩むことが多くあるかと思います。でも、やりたいと思うことなら、まずは飛び込んでみてほしいです。結果がどうであれ、自分の今後につながります。まずは挑戦をして自分の自信につなげてほしいです!
 

編集後記

圧巻のタイトル数を獲得されている梅林さんにインタビューさせて頂きました。インタビューを通じて結果を出すためのご自身の行動を伺い、だからこそ結果が出るのだと納得できた時間でした。レスリング界を牽引されてきた梅林さんが今後、レスリング界を盛り上げていく存在として、さらにご活躍されることをとても楽しみにしております。
インタビューさせていただき、ありがとうございました!

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