デュアルキャリアで、ニッポンのスポーツ文化を豊かに!デュアルキャリアで、ニッポンのスポーツ文化を豊かに!

デュアルキャリアで、
ニッポンの
スポーツ文化を豊かに!
一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構 代表理事
奥村 武博 さん

デュアルキャリアの啓蒙・普及に取り組む『一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構』を立ち上げ、自ら代表理事を務める他、公認会計士でもある奥村武博氏。実はかつて『阪神タイガース』で投手をしていた元アスリートなんです。
現役時代から引退後、そして様々な経験を経て感じるスポーツの未来を語って頂きました。

アスリートデュアルキャリア推進機構って、一体何?

アスリートデュアルキャリア推進機構って、一体何?

―まずは『アスリートデュアルキャリア推進機構』とは、どんな活動をおこなう団体なのか、教えて頂けますか?

当機構では、「アスリートが生涯輝き続け、人生を豊かに過ごせる社会を実現する」という目標を掲げ、アスリートとスポーツ以外の世界をつなぐハブ的機能を担いたいと思っています。多くの人に『デュアルキャリア』を知って頂くための講演会やセミナーなどの啓蒙活動をおこなう他、アスリートや保護者からの相談に応えたり、様々な情報発信をおこなっています。
今回のような取材をお受けするのも、大切な活動の一環です。

―そもそも、機構立ち上げのきっかけはどんなものだったんですか?

実は私、高校の時にドラフト会議にかかり、『阪神タイガース』の一員としてプロ野球選手だった期間があるんです。ですが怪我もあって一軍登板は叶わず、数年で戦力外。打撃投手として1年間を過ごした後、トライアウトを受けましたが、どこからも声はかかりませんでした。
生まれてから20数年、野球しか知らないまま社会に放り出された格好になってしまい……。この自身の体験こそが、アスリートの生涯を支えたいという想いの原点なんです。

―ご自身の“キャリア”が動機になっていると。

私は引退後、一旦は知り合いの飲食店でバーテンダーとしてセカンドキャリアをスタートしたのですが、1年ちょっとしか続きませんでした。その後、とあるきっかけで公認会計士を目指し、9年後に資格を取得することになるのですが、ここに至るまでには、言葉にできないほどの苦労もありました。
現役の時から生涯のキャリアを考えることの大切さを、一人でも多くのアスリートに伝えられたらと思っています。

―試行錯誤してきたことが、今の原動力になっているんですね。

今思えば、当時の私は選択の幅をほとんど持ってなかったですね。自分の中でやれることを制限していた部分もあるのかもしれません。飲食業という選択肢も良かったのですが、誰もが向いているとは限らない。“様々な道”を知っているかいないかは大きな違いにつながると思います。

プロ野球選手から公認会計士へ――

プロ野球選手から公認会計士へ

―では、奥村さんの選択となった『公認会計士』を目指すきっかけは?

バーテンダーを辞めた後は、某ホテルの調理場でアルバイトをする日々。バーテンダー時代に調理師免許を取っていたのですが、仕事は下積み作業ばかり。将来への不安は募る一方でした。そしてその頃、阪神は強いチームへと生まれ変わり、同期入団した井川慶選手は大活躍。なんだか取り残された気持ちになりました。
そんな時、家に帰ると机に一冊の分厚い本が……。ストレスを貯め込む私を見かねた彼女、後に妻となる人ですが、資格取得のガイド本を買ってきてくれたんです。

―そこで見つけた資格が、公認会計士だった。

そうです。「こんなものまであるんだ……」というくらい様々な資格が並んでいたのですが、なぜか『公認会計士』という言葉に運命的なものを感じて。土岐商業高校在学中、日商簿記2級を既に取得していたこともありましたし、試験制度改正により誰でも受験できるようになったタイミングだったのも大きかったですね。「これなら、高卒の俺でも受験できる!」と。

―後の奥様の気遣いが“とあるきっかけ”だったんですね。

そうなんです。そしてそれは、元プロ野球選手という肩書きから抜け出すきっかけでもありました。
私の場合、一軍で活躍したわけでもなく、自分から語らない限り「元プロ野球選手」とバレることはなかったのですが、どこか“見栄”を張っている部分はあったと思います。履歴書に経歴を書くことも避けていました。プロ野球選手だったことを“イジられる”のが嫌だったからです。

―では、過去をリセットして臨める舞台を見つけたと――。

うーん、リセットとは違う気がします。見栄は捨てたとしても、プロ野球選手だった事実を捨てる必要はないですし、シビアな勝負の世界で戦っていた“プライド”は持っていていいと思います。
むしろ試験勉強中にも「俺はあの、プロ野球の世界で勝負してきたんだから……」という気持ちは常にありました。
また、様々な修羅場を乗り越えた経験があったからか、試験本番でガチガチになることはなかったですし、結果が悪くても「課題に早く気づけたんだ」と切り替えができたのは、野球を通じて培った負けを引きずらない信念の賜物だと思います。

―奥村さんの場合、かつてプロ野球選手じゃなかったら、公認会計士にもなれなかったかも……。

そうかも知れません。私が格言にしている言葉に「人生で超えられない壁は、ただ一つしかない」というものがあるんですが……。突然ですがこの答え、わかりますか?

―えっ、なんでしょう?

答えは「自分で作った壁」です。
「無理」「できない」と言って、自分で設けてしまった限界は超えられない。言い換えると「限界さえ決めなければ、必ず壁は乗り越えられる」ということです。私にとっての試験勉強は、まさに限界を壊していく作業でしたし、プロ野球選手にまでなれた努力してきた事実が支えになって、壁を超えられたのだと思っています。

課題が山積するニッポンのスポーツ――

課題が山積するニッポンのスポーツ

―そんな奥村さんから見て、今の日本のスポーツ界はどこに課題があると感じていますか?

今はトレーニングや身体のケアに関する理解も深まり、ハード面も向上しています。ただその一方で、良くも悪くも“スポーツだけしていれば良い”環境が出来過ぎているようにも感じます。個人にスキルがあって文武両道や『デュアルキャリア』を達成しているケースもありますが、あまりに“一つの事だけに打ち込むことが美徳”という意識が強いというか……。

―確かに「二足のわらじ」ではないですが、とかくネガティブなイメージがありますね。

ビジネスの世界でも“副業”をネガティブに捉える人、一つの事を頑張っていないじゃないかと指摘する人はいるでしょう。現在『デュアルキャリア』の普及を図る中、保護者や指導者といった“周囲の大人たち”が作り出す環境は、特に年代が低いアスリートにとって大きな影響があると思っています。複数のことを同時に頑張るのは、悪いことではないはずなんですが……。

―『デュアルキャリア』を知る人が増えれば、世の意識も変わるかも知れませんね。

その通りです。私たちは『デュアルキャリア』に二つの意味を見出しています。
一つは、アスリートが学生時代から文武両道に取組んだり、社会人となった際、アスリートとしての活動と仕事を両立すること。理想の形ですね。
もう一つは、アスリートとしてのキャリアを通じて、スポーツ外の世界でも役に立つスキルを同時に身につけられるということ。例えば、自分の弱点を克服するための練習メニューを自ら考え実践し、その取組みに効果があったのか、なければ改善点はどこなのかを判断すること。これは将来的に競技活動以外でも使えるスキルの一つだと思います。
私自身、プロ野球選手時代に“得たもの”で公認会計士になれましたし、スポーツにはもっと教育的な価値があると思っているんです。

―何かとの両立でなくても『デュアルキャリア』に入ると。

はい、準備段階であってもこれも『デュアルキャリア』だと捉えていますし、アスリートとして、言われたことに従うだけではなく“自ら考えて判断する力”を意識して養うことは必須だと思います。
これらの考えを実践する一部の高校や大学、ナショナルチームなども徐々に登場してはいますが。

デュアルキャリアのインフルエンサーを増やす――

デュアルキャリアのインフルエンサーを増やす

―奥村さんから、アスリートの方々へメッセージはありますでしょうか?

広い視野を身につけることで、選択肢や考え方の引き出しを増やして欲しいです。
私は現役時代、投手でしたが、野手の思考パターンはまた違いますし、野球のようなスポーツと、例えばサッカーのようにタイムアップのあるスポーツでは、メンタリティも全く異なります。トレーニング方法などは言わずもがなでしょう。
そんな「他のやり方を知る」ことだって、立派な『デュアルキャリア』の第一歩です。

―ビジネス全般にも通じる考え方ですね。

そうだと思います。企業側も現役や元アスリートを採用する際、イメージする「アスリート像」って固定されていると思うんです。元気で体力があって、体育会系的な礼儀作法ができていてといった具合に。
ですが、当然、アスリート一人ひとりには個性があって、仕事面におけるスキルも違う。そこも踏まえて『デュアルキャリア』を考えて頂けると、企業としても人材登用の可能性を広げられると思います。

―それでは、奥村さん自身の今後の目標はありますか?

2018年3月に大学院で「スポーツMBA」を修了しましたが、まだまだ道半ば。自分自身への挑戦をずっと続けていき、ロールモデルになりたいと思っています。
そして機構としては、もっとスポーツやビジネスの世界に“デュアルキャリアの同志”を増やしたいと考えています。一人の力には限界がありますし、多くの人が動くことで広がりも加速するはずですから。現役アスリートはもちろん、保護者や指導者、企業の理解が高まれば最高です。
これからも様々な活動を通じて、デュアルキャリアのメリットを多くの方へ伝えていきたいと思っています。